ドイツカップ1回戦 デュイスブルグXシャルケ04
ベルリン2日ハンブルグ1日でほとんどの時間とお金を遣い果たし残るはブンデス観戦といきたかったけどブンデス開幕は15日。滞在中の公式戦はドイツカップ1回戦(DFBポカール杯、日本でいう天皇杯)のみ。それでも屈指の好カード、1部経験もある2部デュイスブルグ対ギャルに大人気内田篤人所属(はベンチ外)1部中堅人気クラブ、シャルケ04のチケットをネットでゲット。フランクフルトへ戻る道すがらルール地方の小都市デュイスブルグMSVアレーナに立ち寄った。予想通り3万の大観衆でチケットは完売。文化の違いとはいえカップ戦の1回戦から札止めとはうらやましい限り。
(↓お約束?の発炎筒の挑発にチームラーの白旗をふり対抗。白旗のイミ?。。ドイツ人にはカンケーねえよ!)
ハンブルグから約4時間、途中何のご縁か広島の姉妹都市ハノーバーでICEを乗り継ぎデュイスブルグ中央駅に下り立つと待ち構えたのは無数のシャルケサポーターと警官隊。考えてみるとデュイスとシャルケのあるゲルゼンキルヘンは隣町、広島と呉くらいの距離、これまでの遺恨を感じさせられる一瞬だった。ベルリン発ハンブルグ経由ハノーバーまで車両内には赤いユニを纏ったウニオン・ベルリン(2部)のサポーターもケルンとの試合に臨むために呉越同舟?となったが車中で「わしはシャルケの試合にいくんよ」と話したらウニオンのサポーターが「数年前のリベンジがどうので満員だろう」とよく理解できなかったけど帰国後調べたらなんと2011年のドイツカップ決勝であたりそのときはシャルケ5-0デュイスブルグという結果だったことが判明、単なるルールダービーだけでない熱を感じたしだい。
当然、通りすがりの旅のものが期待するのは弱者地元クラブのジャイキリを期待し地元サポーターと大声援を送るも結果はまたしても0-5の返り討ち。。デユイスブルグの歴史に又、負のページが。まあ個人技に劣るデュイスが前半開始早々に右サイド深くえぐられクロスからファーストシュートで決められ、セットプレイからやすやすとマークを剥がされ2点目を与え、DFがインテリジェンスに欠けるラフプレイで前半のうちに退場の数的不利では格上相手に90分はもたない。必然の順当負けといえるだろう。面白かったのは翌日、同業のスポーツ紙には「シャルケ05 デュイス粉砕」みたいな見出し。きっとシャルケ04(1904年設立エライだろうという意味)が爆勝、惨敗で5-0や0-6だった場合にちゃちゃいれられるんだろうなと思った。
凡戦でも久しぶりに欧州でみる生観戦の余韻のなか、今夜中にフランクフルトに戻るわしは失意の地元サポーター達と駅に戻りICEに飛び乗ったが列車はライン川の沿って優雅に進むうちにドルトムント~ボーフム~ケルン~マインツだの日本人に馴染みのある駅を通過していくうちにロマンチック街道や古城街道もいいがここはフットボール街道だなと一人悦に入る暇人なのであった。。
(↓お約束?の発炎筒の挑発にチームラーの白旗をふり対抗。白旗のイミ?。。ドイツ人にはカンケーねえよ!)
ハンブルグから約4時間、途中何のご縁か広島の姉妹都市ハノーバーでICEを乗り継ぎデュイスブルグ中央駅に下り立つと待ち構えたのは無数のシャルケサポーターと警官隊。考えてみるとデュイスとシャルケのあるゲルゼンキルヘンは隣町、広島と呉くらいの距離、これまでの遺恨を感じさせられる一瞬だった。ベルリン発ハンブルグ経由ハノーバーまで車両内には赤いユニを纏ったウニオン・ベルリン(2部)のサポーターもケルンとの試合に臨むために呉越同舟?となったが車中で「わしはシャルケの試合にいくんよ」と話したらウニオンのサポーターが「数年前のリベンジがどうので満員だろう」とよく理解できなかったけど帰国後調べたらなんと2011年のドイツカップ決勝であたりそのときはシャルケ5-0デュイスブルグという結果だったことが判明、単なるルールダービーだけでない熱を感じたしだい。
当然、通りすがりの旅のものが期待するのは弱者地元クラブのジャイキリを期待し地元サポーターと大声援を送るも結果はまたしても0-5の返り討ち。。デユイスブルグの歴史に又、負のページが。まあ個人技に劣るデュイスが前半開始早々に右サイド深くえぐられクロスからファーストシュートで決められ、セットプレイからやすやすとマークを剥がされ2点目を与え、DFがインテリジェンスに欠けるラフプレイで前半のうちに退場の数的不利では格上相手に90分はもたない。必然の順当負けといえるだろう。面白かったのは翌日、同業のスポーツ紙には「シャルケ05 デュイス粉砕」みたいな見出し。きっとシャルケ04(1904年設立エライだろうという意味)が爆勝、惨敗で5-0や0-6だった場合にちゃちゃいれられるんだろうなと思った。
凡戦でも久しぶりに欧州でみる生観戦の余韻のなか、今夜中にフランクフルトに戻るわしは失意の地元サポーター達と駅に戻りICEに飛び乗ったが列車はライン川の沿って優雅に進むうちにドルトムント~ボーフム~ケルン~マインツだの日本人に馴染みのある駅を通過していくうちにロマンチック街道や古城街道もいいがここはフットボール街道だなと一人悦に入る暇人なのであった。。
by qprqpr
| 2015-08-22 10:32
| イエイ・スポーツ(イエスポ)
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