イェイェ感あふれる60-70年代の音楽や映画、家具、グッズ、食器、デザインなど好きな方の集うサロン
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カテゴリ:連続ブログ小説( 35 )

あとがき

あとがき
今、彼らの最新作?「LOVE」と聴きながらこれを書いている。実に陳腐で安易なタイトルである。今年はビートルズの来日40周年ということで何か自分の中で一区切りつけたかったということがあったんだけど、この周年は20より30、30より40と益々大きくなっているような気がする。まあそれでなくとも結成○周年や解散○周年というのが間に入るので常に3年間隔くらいで盛り上がってその神話がだんだん巨大化していくさまは「何か」彼らの来日と自分のこれまでの存在意義を結び付けざるを得ない衝動にかられた。その結果がこの「ザ・ビートルズ来日40周年記念連続ブログ小説」という形になったのだろう。

しかし翻って考えてみると、ビートルズがもし来日していなかったと想像すると、僕らの生活は今とはだいぶかけ離れていたことだろうと思う。まず、第一にこんなに身の回りに音楽など存在いや必要などない世界だろう。今や巷には無数のBGMで溢れかえっている。音楽に興味がないと言うことすら憚られるような気すらする。大多数の彼らが公演旅行をしていないアジア諸国を旅をすると流れてくる音楽は画一的な流行歌かその土地の伝統音楽だけである。現地のレコード屋にも通うのだが日本の選択肢の100分の1程度のものだろう。言い換えれば彼らがもし来ていなければ僕らの大半はそのときに流行している音楽のみを聴いて(聴かされて)過ごすわけである。これはそのまま欧州などでも当てはまるのではないであろうか。

ビートルズなどほとんど聴いたことのなさそうなミュージシャンやそのファンたちが60年代に彼らがやったことと寸分変わらない表現方法=「自分で好きなことを書いてギターで演奏し歌う=ROCK」を享受し体現しているという事実にも驚かされる。つまりは言い換えるならそんな僕らは全員ビートルズの息子、娘なのである。さして音楽に興味のない人間でも他のアジア諸国に比し圧倒的なファッション、ヘアスタイル、ライフスタイルの多様性をみればいかに彼らが「自由」の伝道師であったかがわかる。

b0004696_011915.jpg前述のようにメンバーがひとり去りまたひとり去ってもその人気は衰えることがないのも理解を超えている。その理由を人は「音楽性」や「革新性」に求める向きもあるが果たしてそれだけでたかが実働7年のバンドがここまでその訴求力を維持できるものであろうか。最近になり確信を得た答えがやはりこれは、「LOVE」、広義の愛なのだ。いみじくも先の「映像版アンソロジー」プロジェクトのエンディングでポールが「ビートルズの音楽はすべて愛に基づいているんだ。ALL YOU NEED IS LOVEにSHE LOVES YOUにGIVE PEACE A CHANCE。すべて愛が基本にあって決して‘家を出ろ!親なんかどうでもいい’なんて一言も歌っていない」という言葉に集約されているような気がする。愛という言葉が大仰なら、誰もが持つ感謝の念とか善意とか好意とか恋愛感情だとか形はないけどなにか「暖かく想う何か」をすべて内包しているからこそ宗教や人種、世代を超え圧倒的な支持、敬慕を得るのだと。蛇足ながら今夏、当時の音楽誌のライターであった星加氏がしきりに「本当にいつ会っても気さくで気取りがなくて思いやりのある好青年たちだったという想い出しかないという印象」と力説されていたことも象徴的だ。また、約40年の付き合いで初めてオカン65(←以前思い切って好きな音楽を尋ねたところ「琵琶!」との返答を得た!)が能動的にビートルズのCDを聴いているという事実に驚愕さえ覚えたことも忘備のため付記しておく。
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b0004696_08071.jpgこの新作?「LOVE」は彼らの曲を歌やギターなどのトラックをすべてむき出しにして部分部分をつなげて1曲78分の作品にしたというまさに「神の領域」に足を踏み入れる行為を唯一この地球上で許されるジョージ・マーティン卿によってこれまた素晴らしい作品に仕上がっている。音にはすべてオーラがかけられたように別物に響き、ディープなファンには聴きなれたリフやコーラスに思わずギクっとするような音の連続であろうし、ビギナーには道中折々に聴こえてくる極上のヴァースに思わず原曲を聴きたくなる衝動を与えることだろう。

b0004696_0142737.jpgAnd in the end the love you take,it's equal you  make...しかしなんとかならんか最近のダサジャケは!(先の「1」然りキャピトルのBOX然り)関係者の猛省を促す。
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by qprqpr | 2006-12-14 00:04 | 連続ブログ小説 | Comments(2)

ザ・ビートルズ来日40周年記念連続ブログ小説 最終回。

b0004696_22471414.jpgジョンはこの年1966年の暮れにロンドンのギャラリーで前衛芸術家、小野洋子と出会うのは周知の事実だ。ツアーに疲れ、プライバシーは失われ、煮詰まりに煮詰まった彼はその東洋的な神秘に満ちた女に恋に落ちるわけだが家井はこう解釈している。『この夏の日本公演でジョンは日本の女をいたく気にいったのだ』と。だから自然とヨーコと出合ったときに「君は日本人かい。こないだ日本へいったんだよ」って話しかけるきっかけがあったはずだ。と。

無論、彼女がビートルズなどに興味がなく、あのジョン・レノンを知らないという背景も加味したことは確かだろうが何よりもまず、日本で受けたあの心遣いや気遣い、労わり。英語で言うところのHOSPITARITYが疲れきった彼の心身を癒したに違いないと思うのだ。(ヨーコさんは大和なでしこタイプではないとは思うが。。。)

そう睨んだ家井はこの半年間で広島のオカン25と赤ん坊の家井をなんとかして12月の英国まで連れてきてだね。ヨーコさんにクロロフォルムなどかがしてだね。家井の容子さん(オカン25の本名)とすり替え、再婚させまんまと自分はジョンの息子となるという荒唐無稽なアイデアっつーか妄想に取りつかれているのである。そんな馬鹿なというなかれ。ジョンは「ヨーコ」という響きが好きなのかもしれないし、太った女占い師に『あんたヨーコという女と結婚しないと地獄に落ちるよ』などと言われているかもしれないではないか!いやいや日本人女なら誰でも状態、つまりはイレ食いかも!なんという名案だろうか!

b0004696_22453335.jpg(映画化された折にはここで「ロック アンド ロール ミュージック」願います)
家井は自分のアイデアに酔っていた。『これからはスーパースターの息子だ。一生遊んで暮らせるぞ。アルバムにSpecial thanks to HIROってクレジットされたりしちゃったりして!!!ギャハハ!』そのとき体がフッと浮いたような気がした。なにやら軽くめまいもする。無理もないこの数日、常軌を逸した経験の連続であった。疲れているのだろう。メンバーたちも明日のドタバタ劇が待っていることを露とも知らずリラックスし、雑談に興じている。機はそろそろ経由地、香港に降りるはずだ。幸福感の絶頂であった。ますますフワフワしてきた。『どうしたんだろう。。。ひょっとしてクスリが切れてきたのか?!』そのとき不意にゴー!!という轟音と振動が家井を包む。『ああ、香港に着いたのか。ちょっと英国時代の香港でも見てやるか』と機外に目をやった瞬間、辺りは殺風景な山に囲まれている。『あれ旧空港は啓徳空港ていう有数のビル群の中を突っ込んでいくトコじゃあなかったっけ?』

「当機ただいま定刻どおり広島空港へ直陸いたしました。現在の天候は晴れ。気温は30度。。。。本日は信頼の翼JAL日本航空をご利用いただきまして誠に有難う御座います。またのご利用を。。。」

周囲を見やるもさっきまでいたジョンもポールもいない。携帯にスイッチを入れるサラリーマンだらけだ。手元にはキャピトル東急のパンフレットとそこの出店で購入したビートルズグッズが。。。悄然と蒸し暑いボーディングブリッジを渡る2006年7月3日の家井広であった。
(ジャジャジャ♪「ロック アンド ロール ミュージック」のエンディング願います)

                                         THE END。
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(エンドロールにはI’LL FOLLOW THE SUN.この流れはアルバム「フォーセール」の曲順なのです。)
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by qprqpr | 2006-12-08 22:48 | 連続ブログ小説 | Comments(0)

連続ブログ小説I’ll follow the SUN.第31話

7月3日離日の朝、仕立て屋の山形屋がヒルトンに納品に来た。最後のショッピングをそそくさと済ませたFAB4は羽田へと向う。すっかり過剰警備をお笑いのネタにしたジョンがゆうべ、音楽ライター、星加ルミ子のライバル湯川れい子から警備の人だけが持つ「BEATLES警備員」の腕章を腕につけている。若く好奇心豊かな彼のこと、日本人、特に「日本人女性」に関してはなにか収穫があったのだろうか。この後の彼の人生を思えば興味深いものがある。(果たして彼は4日間なにもオイタはなかったのであろうか?事実は涅槃の彼と家井のみが知る)

b0004696_01187.jpg暴動や暗殺など杞憂に終わりつつあり、車内から沿道で最後の別れを惜しむ少女達に愛想をふりまく。初日に比べるとやや緩くなった警護だが粛々と首都高を貸切り、現在では考えられない短時間で羽田に到着しそのまま税関をパスし機内へと乗り込む。家井は思った。『そうそう。ポールには忠告しとかないと。15年後の日本はアマクないぞ。ウイングスは国賓ではないのだからね。』と。(来月、特集「ポール逮捕の真相」の巻を乞ご期待!→もうえーか!)

b0004696_051528.jpg今回はハッピではなく各々好きな格好でジェット第一世代のコンベア機に乗り込む4人とスタッフ5人&オカマ1人+透明人間1。現在の機材で言えばボーイング737くらいであろうか、現在の目からするとややこぶりだがそれにしても最前部のファーストは広大だ。現在では安全管理上ありあえないのかもしれないがラウンジ形式である。当然日本を代表するキャリアであるJALのファーストは和風で窓のあたりは障子で出来ている。それにしても座席は大きいのだがあまり人間工学的には設計されていないのかあまり座り心地はよくない。現在のエコノミーのほうがいいくらいかもしれないと家井は思ったがそれは単なる「慣れ」の差かも知れない。

想像通りエンジン音は金属音がきつく大きい。加速感は現在のものと変わらないが建付けが悪いのかミシミシよく歪むのが家井を恐怖に陥れた。メンバーたちはすぐにトランプに興じたり(リンゴだろ)日本でもらったさまざまな贈り物や手紙に目を通す。傍らでポールが日本人スチュワーデスにワインを用意させながら「最近、飛行機ばかり乗ってる気がするんだ」なんてこぼしているのが生生しい。ジョンは昨夜なにかあったのかしきりにパーサーに「日本の女の子はいいねえ」なんてやっている。後日談としてポールが所属事務所NEMSの女性スタッフ達に「日本ではね、女の子が椅子にすわってても男が来るとサッと立って椅子を勧めたりするんだ。(今は絶滅)なんでもマネするのはどうかとは思うけど英国女性も少しは見習ったらどうかな?って言ったら総スカン食ったんだ」という話をしていた記事を読んだことがある。
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今回の来日でメンバーたちは日本式の心遣いや気配りがいたく感動したらしく後年めいめいがその類の発言をしていることから最初で最後の来日ツアーがいかに印象にのこったかが偲ばれるというものだ。そんな家井はFAB4と一緒にステージに立っただけでは飽きたらず、とてつもない作戦を練っていた。
ジョンの息子になるという!!!(ショーン君これ見てたらスマン!)

次回いよいよ怒涛の最終回に語期待ください。
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by qprqpr | 2006-12-07 00:14 | 連続ブログ小説 | Comments(2)

ボーナストラック#3

b0004696_10514948.jpg7月2日号「拝啓ジョン・レノンさま」で触れた元東京ヒルトン現キャピタル東急ホテルが一昨日をもって閉館されたというニュース、意外と報道されてビックリしました。考えてみれば建造物自体がミッドセンチュリー・アートの粋(→ロビー風景)みたいなもんでなんでもかんでもブチ壊して新しくするっつーのはどうなんでしょうかね。。。
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この夏、かつての日本公演が行われた同日間、ホテル側のサービスで彼らの泊まった部屋を開放する(8月中はタッタ10万円で泊まることも出来た!惜!)という企画があり、一も二もなく参加してきたのですが今日はその模様を記録すべくアップします。
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これ↓は厚かましい加山Y三氏の表敬訪問時(第12話参照)、ヒマつぶしに書かされていた絵画(2千万するらしい!するわな。。)とその机。む?100万くらいなら。。。
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b0004696_11112295.jpg最上階各室には、世界的コレクターの岡本氏の展示会や当時日本人で一番ビートルズに近い人だった星加ルミ子さん(8月14日「永遠のルミちゃん」号参照)参照のトークショーやソックリさんによるライブ、同行カメラマン、ウィタカー氏のサイン会など、老いも若きもミーハー気分全開の3日間でした。個人的には勤務中の最古参コンシェルジュ加藤さんから直接当時の思い出をお聞きしたりして。(その節は失礼しました)
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b0004696_113801.jpg退屈しのぎによくジョンが腰掛けプールで挑発する女どもに手を振った窓辺。当時の建物はあまりのこっていません。参加者かわるがわるジョンになり、ここで無人の階下に手を振ってました。バカですね。だけどある叔母様達が涙をうかべて下から手を振った位置を確認したみたいで「ああ、あそこで写真撮ったね~」なんて聴こえてきました。

b0004696_11435651.jpg土地柄、よく政治家の皆さんや財界の方々がお忍びでいらしてたそうです。マイケル・ジャクソンやクラプトンもここのファンとのことでみたなにやらひとつ大事なものをなくした感じのする、年の瀬です。。。出来れば。。。。泊まりたかった。10万円。されど10万円。。。
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by qprqpr | 2006-12-02 11:43 | 連続ブログ小説 | Comments(0)

第30話 I’ll follow the SUN.

ポールが最後のヴァースを歌い終えると4人はアッサリと楽器を持ち各々が四方に手を振りながらもと来た裏の階段を駆け下りる。稀代のエンターテナー、ポールが最後まで手を振り、代わりに司会のE.Hエリックさんが現れ、慇懃無礼に「これをもって楽しいビートルズ公演を終わります。それでは皆さん御機嫌よう」とのたまい世紀のショーはお開きとあいなった。なんたる事務的対応であろう。大方は「鑑賞」を終え席をたつが約半数の少女達は半ば茫然自失としておりなかなか自身の置かれた状況を理解できないでいるか、少女同士肩を抱き合い嗚咽を漏らしている。久しぶりに見る光景である。‘66年の東京にはライブの翌日に西新宿のブート屋でビデオ購入など夢のまた夢であった。もっとも翌7月1日の夜には日テレで1日の昼公演がオンエアされるのだが。
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「後の祭り感」というには余りある喪失感が館内を包み、警官たちの少女達を追い立てる声が無常にもこだまする。しかしなんという潔さであろうか、無言でチューニングをし歌いアンコールもなく去っていく。大仰なテーマ曲がかかり花火がドカンのライブやアンコールがお約束の予定調和ライブにすっかり慣らされた家井も生来の目的を果たした満足感と喪失感が去来し感慨無量であった。もっとも明後日までの残り4回のライブをすべて観るつもりではあるが初日の感慨を上回ることはないだろう。透明人間家井も少女たちととぼとぼ当時の最寄り駅であった地下鉄半蔵門線九段下方面へついて歩いた。相変わらず初日ということもあって警官たちが駅まで等間隔で居並んで「警戒」を続けている。ほんの数年後、この世代(団塊)から強烈なしっぺ返しを受けることも知らずに。
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家井は最終日の2日まで全5回の日本公演をすべてしゃぶり尽くした。関係者以外ではさすがに全部の公演を観たものはそうはいないだろうと思われる。映像が残っていないとされる2日夜の部。3日の昼夜2回の公演は回を増し、警察も暴動など杞憂であったとばかり場内もビートルズ側もリラックスした雰囲気の中行われた。プレイも段々と気合のはいったものとなり、伝説となった奇妙なダンスや四角いクールなサングラス姿のジョンの公演もこの目で拝んだ家井はもう満悦の極みであった。ケータイやパソコンがなく少々不便ではあるが、昭和41年にきて約1週間が過ぎようとして漸くそのペースにも慣れてきたところだった。(もともとその時代が好きで商売までしていた男だ)ビートルズが去った後は故郷の広島に移動しまだ若かったオカン25と生まれたばかりの自分にあってまっとうな人生を送るようなにかメッセージでも送ろうとしたのだが翌3日にフィリピン公演のためマニラに同行することした。
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b0004696_2224154.jpgそう、彼らは日本公演の直後に行われたマニラでマルコス元大統領、イメルダ夫人のマラカニアン宮殿での晩餐会をすっぽかしたと濡れ衣を着せられ大暴動に巻き込まれるのであった。この数日、一方的とはいえビートルズと寝食を共にしたという恩義から、その危険から守ってあげなければという正義感と義務感が芽生えていた。仮に家井がマニラで未然にその事件を食い止めたなら歴史が変わるではないかという突っ込みはやめてもらいたい。とっくにプロットは崩壊しているのだから。
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by qprqpr | 2006-11-27 22:04 | 連続ブログ小説 | Comments(0)

ザ・ビートルズ来日40周年記念連続ブログ小説第29話

This mike won’t STILL STILL.(「どうしてもこのマイクがまだ止まらないんだ」と聞こえる)なんと英語にも駄ジャレがあるのかポールがつぶやくようにマイクをいまいましげに自分のほうへ直す。誰も気付かない。腕時計に目をやり「もう帰らないといけない時間なんだけど・・・」と暗にフィナーレであることをほのめかすがここは言葉が通じない。ようやく「ラストの曲」とアナウンスするも場内はシャウトまでは静寂に包まれた。ほとんどの客はこれが最後とは気づいていないのかもしれない。
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よくフィルムでポールが見せる大袈裟に拍手したり、足でステージを踏み鳴らすフリをし客席を煽るシーンだ「さあみんな歌にあわせて拍手やステップを踏んで楽しんでってよ。『アイム ダウン』」ビートルズのコンサートを締めくくるのは黒人歌手リトル・リチャードの「のっぽのサリー」が有名だがポールが自前の絶叫型R&Rをと前年‘65年のシングル「ヘルプ!」のB面に書いた(これまたB面だと思うかもしれないが元々彼らにはAもBも駄曲など存在しない。)大ロッケンロールナンバーだ。余談だがこの曲の録音時、ポールは自分のこの曲やストーンズの「サティスファクション」などを例に挙げ「所詮ワシら白人のはプラスティック ソウル(ニセモノ)じゃけえね」と自らを卑下するような発言をしているが彼の敬愛するリトル・リチャードやチャック・ベリーに匹敵する「熱」を持っている。その上、彼は「イエスタデイ」も書けるのだ!!

b0004696_22571073.jpgいかんせんこの日の機材は小規模会場用のアンプだったらしく(翌日からはVOX社がスタジアム用に開発したアンプ「スーパービートル」に差し替えられている)また日本の100ボルトでは欧米並みの音圧には届かないようでジョージのギターは出力不足で、時差ぼけ対策か半音低いチューニングが祟り、どこか間延びした「アイム ダウン」であった。家井は海賊盤で先週のドイツではこの曲の途中で「止まる」という小学生バンド並の失態を演じているのを知っているので気が気でないのだ。といっても100%の傍観者である自分に出来ることはなにもないのである。すべては何度も何度もビデオで観た’66年6月30日のビートルズであった。

b0004696_22561996.jpg当然ジョンは傍らに用意させたオルガンに触ろうともしない。シェア・スタジアムの映像→でも興が乗ってきたら得意のヒジ弾きもお披露目する「アイム ダウン」のジョンだがシラフなのかギターカッティングに専念している。常々思うのだがジョンは音楽以外では本当に過剰評価されていると思う。後年この直後に会うヨーコとつるんで平和運動家に身をやつしたように見えるが、そのヨーコにして「ジョンなんてポールやジョージに出会わなかったら今頃リバプールのパブで毎晩飲んだくれてるわよ」なんて言わしめるほどの気まぐれやさんで怠けモノなのだ。まあそんな彼を愛してやまない家井なのだが。

「I’m DO===WN,WAAAH===O!」ポールのシャウトが武道館にこだまし、一部の失神寸前の女子連と覚めた目で見守る一般市民や警官達にR&R魂を叩きつける。
いよいよ観る側も演る側も戸惑う?本邦初のビートルズ公演はクライマックスを迎える。
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by qprqpr | 2006-11-20 22:19 | 連続ブログ小説 | Comments(0)

連続ブログ小説 第28話

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「さて次はここ日本でのニューシングルを演るよ。『ペイパーバック ライター』」作者のポールが淡々とMCをし多重録音で難しそうな同曲のイントロを3人でハモる。(ハモってない。。。)8月に発売の新譜『リボルバー』からのプレイはなく、この年のツアーでは最新の歌である。つまりは新譜の先行シングルであったわけだ。(しかもこれは新譜には収録されていない。なんという余裕であろうか恐ろしい多作ぶりだ。。。)


再び当時の人になってもらいたい。ひばり(美空)だ舟木(一夫)だエレキの若大将だといってたらいきなりこの歪むギターに唸るベースに深くリバーヴのかかったコーラスでしかも題材が「三文小説家」という職業だという。これは丁度、音楽といえば祭囃子しか知らなかった農民がバテレンの一行から本邦初の西洋音階(つまりはドレミ)のハーモニーを不意に聴かされ、聴く者皆鳥肌立て感動の涙を流した(NHKドラマ「太閤記」にその描写がある)という信長の時代の衝撃に近いものがあったのではないだろうか。言い換えればこの曲から「電気音楽」は進歩していないといえるかもしれない。
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つい先日の発売ということとそんな革新的なサウンドは場内の3割くらいを占める物見遊佐の大人客は置いていかれ静まり返り一層、練習不足、消化不良が露見されたペイパーバックライターであったが、「せめて新境地を聴いてもらおうじゃないか」という心意気はこの最終ツアーのなかでも特筆に価するのではないであろうか。因みにこの曲は現代のコピーバンドの方がよほど巧く再現するが機材などのことを鑑みると本質的な議論ではない。

一気に自慢の新曲を歌い終え、上気したマッカートニーが続けてマイクに向かいワザとらしく腕時計に目をやる。ついにこのときがやってきたのだ。
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by qprqpr | 2006-11-15 01:09 | 連続ブログ小説 | Comments(0)

ザ・ビートルズ来日40周年記念。I’ll follow the SUN.第27話

珍しく?真顔のジョンは素っ気なく「さあ次の歌は日本でシングルカットされた・・・?!」と一瞬彼らしいエエ加減さを垣間見せ「まいっか。わかんないや~『ひとりぼっちのあいつ』」と紹介し即座にカウントを開始した。無理も無い各国で本人たちの意思とは無関係にシングルを乱発されているのだから。同曲は邦題からイメージされる石原裕次郎みたいな孤独なタフガイの歌ではなく原題が示すようにNowhere man=よりどころの無い男=根無し草・・・つまりは精神的に行き詰ったジョン本人のことであろうことはビートルズ研究の進んだ現代では常識的な見解である。

b0004696_21582510.jpgあにはからんや「助けて!」を連発する代表曲「ヘルプ!」も同じモチーフなのだが当時のアイドルの宿命で比喩的な歌詞にせざるを得ず、また洗練されたポップスのオブラートに巧妙に隠され本人の絶望感は伝わってこない。一見、当時流の的外れな邦題だが結果的に的を得ているのが皮肉で面白い。

また同曲は前年暮(日本では’66年初頭)にリリースされた6thアルバム『ラバーソウル』からの「新曲」であった。同LPは家井、生涯の名盤であった。一般的に彼らの最高傑作はという話になると次々作『サージェントペパーズ』か次作『リボルバー』あたりが妥当である。ついで実質ラストの『アビーロード』あたりと人気を争うのが本作であろうが盆暮(つまりは夏休みシーズン&クリスマスシーズンという2大需要期)にアルバム1枚ずつ(!!!!)という超ハードというよりは拷問に近いリリースを義務づけられていた彼らがいよいよ時間とネタが尽きた時期に1ヶ月というリミット(‘65年10月~11月)の中、ウミガメの産卵のように生み出された奇跡の名曲集なのである。

b0004696_21584858.jpgつまりは9月に全米ツアーから戻り疲労困憊の中ゼロから歌を書き、数週間後にはスタジオに集結して夜な夜な紡ぎだされた一連の作品の一曲で示唆に富むというかそんな切迫した状況では示唆に富まざるをを得ない?『ノルウィの森』『イン マイ ライフ』『ガール』(すべて大傑作!)などのジョン作曲群のなかでもっともライブに向くのが『ひとりぼっちのあいつ』なのであった。今更ながらこんな分厚い音がバンド基本編成のギター3本と3声だけで演じられていることに驚きを禁じえない。そんな理由から家井が「実質ベスト」に挙げる名盤を聴かずして死ぬのはさすがのモッタイナイお化けも成仏できまい。(心象風景かアートフルに歪んだジャケ写にサイケなタイトル。自信の表れか発表者の名前もない。)自殺を考えている中学生のみなさん。ちょっと寄り道してごらん人生は自由で素晴らしいよ。

b0004696_2157509.jpg衝撃的な3声による見事なハーモニーが武道館に響く。いかに場内が他国に比し静かであろうがさすがはビートルズ。見事なハモりだ。本日最高の出来である。ジョージが和音を多用したメロディックなソロをレコードどおりに披露しあの特徴的なハーモニックスの『ぴキーン』が決まる。相変わらずマイクを直しながらのポールとジョージ。相変わらず自分の書いた歌詞をでたらめに歌いコーラスの二人を困らせるジョン。(ということは本人たちにも聴こえていたわけだ!)紛れもなく熟れきった腐る直前のビートルズであった。

いよいよ歴史的コンサートも佳境を迎えているのを知っているのは家井だけであった。
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by qprqpr | 2006-11-11 21:52 | 連続ブログ小説 | Comments(0)

第26話I’LL FOLLOW THE SUN.

イエスタデイ
b0004696_9253382.jpg思えば家井が12歳のとき教室に流れる憂いを帯びた流麗な調べがマス掻き猿(with五分刈り)の人生を決定づけた。「♪な~ぜ~とーきーだーけがすーぎていーくぅ」(サビの♪WHY SHE HAD TO GO~の箇所)となぜかクラス全員で日本語の歌詞で歌わされるのだが多感で聡明な家井少年がその魔力にとりつかれるのに時間はかからなかった。すぐに兄ちゃん姉ちゃんのいる奴にレコードの有無を確かめカセットを無心する日々が始まった。すぐにベスト盤の「オールディーズ」(裏ジャケは東京ヒルトンでのもの。半纏姿のポールに注目。同曲も収録。)を録ってもらい、学校から走って帰ってはオンボロカセットレコーダー(ラジカセですらない)を酷使したものだった。

b0004696_9283950.jpg当時貧乏だった(今もか)家井の家にはステレオが無かったのだ。ステレオを入手するのには15才の高校合格祝いを待たねばならなかった!(戦前か)それまでは祇園のイズミのレコード売り場で膨大な英米日のジャケット(信じがたいことに当時日本は英米日+伊、独のオリジナル編集すべてが買えた!帯にその国旗が描かれ中学生にはややありがた迷惑な難解さであった)と曲目を比較検討し当時の赤い東芝EMIの帯を眺めながら冷やかす日々であった。ごめんなさい当時の店長さん。テープで来る日も来る日も飽きることも無く聴いた「シー ラブズ ユー」「フロム ミー トゥ ユー」ETC、ETC、まさに珠玉の名曲集であった。

そんな夢にまで見た彼らのステージを今こうやって、ま近で拝んでいる。バンド形式のイエスタデイを生でこの耳で聴いている。あの4人が仲良く揃いの服を着て何千マイルを飛び調子っぱずれとはいえ我々日本人に歌いかけてくれているのだ。出来などどうでもよいのである。このときばかりは警備などの問題ではなく客席はその美しい旋律と歌声に息を凝らして聴き入ったのだった。当の本人達はその分、手抜きがバレてバツが悪い思いであったろうが。。。走馬灯のように家井の記憶が蘇る。場内に充満する匂いは香水というよりも白粉とナフタリンの混じったような懐かしい香りだ。置き去りにしてきたオカン8Xのことも思い起こされ、いつしかステージの上で号泣する5X歳の家井であった。
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b0004696_004171.jpgさて、彼らの歌は皆、潔く短い。冗漫なリフレインで時間を稼ぐ駄曲など一曲もないのだ。後半のハイライトのひとつリンゴのボーカル。「彼氏になりたい」がポールの口からアナウンスされ会場は一気に阿鼻叫喚に包まれる。現在では持ち歌の少ないリンゴファンへの余興的な解釈をする向きもあろうがギグというよりショーに近い当時の演出では重要なパートを占めている。しかしである!何者かの陰謀としか思えないリンゴのボーカルマイクも不安定で低すぎる。そんな悪条件にもめげずけなげに笑顔で「♪アオナ びよー マーン」(I wanna be your man)を連呼する。b0004696_9322939.jpg元々は‘63年、まだ曲の書けないローリング・ストーンズに恵んでやった言わば捨て歌だがリンゴがドラムを叩きながら歌うには格好のR&Rナンバーである。


久しぶりにジョンがマイクに近づきMCをはじめる。いよいよ家井の待ちに待ったフェイバリットの番だ。
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by qprqpr | 2006-11-04 09:33 | 連続ブログ小説 | Comments(0)

ザ・ビートルズ来日40周年記念I’ll follow the SUN.第25話。

警備も恐れていた事態は回避できそうな雰囲気を察知したのか、やや落ち着いてきた様子である。なにせ相手はただの少女である。情報が遅く曲がって入ってくるので今回の来日はまるで新種のウイルスかペリーの来航か、フーリガンが列を成して襲来するような「熱狂」が上陸してくるという思い込みと右翼が騒ぎ教育委員会が糾弾し「大人が子供を守らなければ」という時代の義務感がそうさせたのであろう過剰警備であった。前例や参考になる類似国もなく例えるならプレスリーとクレイジーキャッツと舟木一夫が対バンするような想像であったのではないか。しかし欧米諸国と違い巷にはまだ口うるさいカミナリ親父や3世代家族も多く、怪しげなオクスリなど蔓延していなかった時代である。管理もしやすかったに違いない。仮にガングロ唾吐き馬鹿(もうおらんか)やゴスロリどもを連れてきて反応を見てみたい気もする。

b0004696_0253634.jpg陽気な「アイ フィール ファイン」が終わり、またしてもジョージのMCである。無造作なように見えるビートルズのステージだが4人の露出がよく計算されていることが伺える。そして2曲目以来のポールソロを告げるジョージであったが「次の曲はヘルプのLPに」とやったものだから場内はすっかり記憶に新しい昨夏の映画「HELP!四人はアイドル」の主題歌を期待する嬌声に包まれる。あわててジョージも「LPだよLPから!」と付け加えるところが非英語圏のイタイ反応である。どもり気味で死ぬまで故郷ランカシャー地方の訛りの取れなかった彼の「イ、イエスタデー」がアナウンスされる。(場内、絶叫。)b0004696_7595141.jpg

今回最も女子から人気のあったメンバーはポールであった。4人なかで唯一独身、その中性的で甘いマスクと声は無類の女好きの家井もドキッとする色男ぶりであった。リンゴも人気があったがそれは誰からも愛されるキャラであり本人もいつしか「僕はNo.1にはなれないけど2番目に一番好きなメンバーに選ばれる自信がある」と述べたことがあるが言い得て妙である。ジョージは通向きだし、ジョンはオボコい日本の少女には少々危険な存在でありややアダルトな姐御人気だった。
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意外なことに英国本国ではシングルカットされずアメリカではビルボード5週連続で1位となるメガヒットを記録し発売後約1年が経過した現在既に数十曲のカバーがあるスタンダードである。騒々しいだけの雑音と決め付けていた世の大人たちもこの曲がいきなり登場してきたわけである。少し想像してみて欲しい。通常現代人の我々はビートルズを聴く場合、晩年の「レット イット ビー」とデビュー曲の「ラブ ミー ドゥ」をチャンポンにして好きな順で聴くはずである。なぜならそれは「過去」と認識しているからであってそこには音質や表現の違いなどは無意識に「織り込み済」の状態である。’68年の「ヘイ ジュード」も‘63年の「抱きしめたい」もぜーんぶあの歴史的なスーパーバンド ビートルズの作品である。

しかしこの‘66年ではすべてが「現在進行形」であり数ヶ月に一度のペースで新曲が切られていくわけである。最初は3コードの僕と君のラブソングであったものが続々音楽性が革新的に進化しメッセージ性を増し今度は弦楽四重奏団を従え「イエスタディ」である。「ビートルズはどうやらただモンじゃなかとよ!」的な空気が世の中を支配し始めた時代感が分かるとこの来日公演の意義も見えてくるのである。
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by qprqpr | 2006-11-02 00:19 | 連続ブログ小説 | Comments(0)